再選を果たしたコンパオレ大統領

Indiana Compaoré
New Internationalist No.389
May 2006 p19

 

インディ・ジョーンズのハリソン・フォードを模したブレーズ・コンパオレのこっけいなポスターが、2005年11月13日の選挙に向けて空港近くの選挙本部に張り出された。コンパオレが権力の座に就いてすでに18年。彼は、アフリカで最も民衆を奮い立たせた革命家といわれたトーマス・サンカラを退陣させて暗殺し、現在の地位を手に入れた。

大統領選の結果は初めから明らかで、コンパオレは80.3%の票を得て難なく勝利を手にした。選挙での不正に関する指摘もわずかにあったが、この国の現状からすれば、11人の対立候補者はコンパオレに太刀打ちできるはずもなかった。コンパオレのポスターが国中あちこちに張られ、しかも国の行政機構は与党が堅く押さえていたのだ。また、ブレーズ・コンパオレのTシャツと野球帽が無料で配られ、それはバスや町中でも目についた。非常に貧しい国では、衣類の無料配布の影響はばかにできない。

誰に投票するか打ち明けてくれた村人[訳注1]のほとんどは、ブレーズに投票するつもりだと語った。彼らは、今回取り上げているような物質的な発展[訳注2]をコンパオレ政権と結びつけている。また、農民たちが昔から尊重してきた「安定」が続いているということもその一因にある。ブルキナファソは、数十年にわたってクーデターと革命の波に洗われてきたが、コンパオレが政権に就いてからはそれも落ち着き、特に最近の近隣諸国の紛争と比べれば国内情勢の違いは明らかである。

新しい巨大な大統領府は、「Ouaga 2000」と呼ばれるできたばかりの裕福な地区にあり、コンパオレがそこで心安らかに過ごしていることは間違いない。しかし、そこから伸びている大通りの逆の端には、背の高いサンカラの記念碑が建っている。これは不思議なことだが、コンパオレは自分でサンカラを殺害したにもかかわらず、その革命家の後継者として自分をアピールする必要性を依然として感じているのである。さらには、私のブルキナファソ滞在中、サンカラに対する思いのこもった次のような意見を2〜3回は耳にした。「サンカラ、惜しい男だよ。もしも彼が生きていてくれたら、今ごろこの国がどれほどましになっていたことか!」

新しい憲法では、コンパオレの任期は2010年までとなっている。その時になって初めて、ブルキナファソの未来について本当に民主的な議論を行うチャンスが訪れることになるのだろう。

文:クリス・ブレイザー
訳:諸 英樹

[訳注1]今月のNIは、編集長のクリス・ブレイザーが訪問したブルキナファソのサブテンガ村とその周辺の状況を中心にリポートしている。彼は1985年に初めてこの地域を訪れ、その後95年にも地域の状況を報告した(Heart and Soul)。今回の訪問は3回目となり、昨年後半に行われたものである。

[訳注2]サブテンガ村とその周辺では、手押しポンプ式の井戸の設置(地元NGOとドイツの援助団体の協力によるもの)、学校の新設や教室の増設(国際的な援助制度によるもの)、携帯電話の普及などが95年よりも進んでいた。

 

 


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