融合する民間人と軍人

Civil soldiers
New Internationalist No.390
June 2006 p10-11

 

民間人に軍人のような職務を持たせようとするベネズエラの特異な試み。「共同の義務」の名の下に広がるその試みについてエリザベス・ヌニェスが探る。

 

エドゥアルド・ゴンザレスは19歳の時、ベネズエラ軍に入隊するため、カラカス最大のスラムの一つ、カティアの生活を捨て、オムツ製造工場の仕事も辞めた。エドゥアルドと親友のデルビシュ・ゴメスが、カラカスの駐屯地の中庭で列に並んでいる。ほかにも300人を超す若者たちが、入隊審査の結果が出るのを辛抱強く待っている。この若者たちの大半は、エドゥアルド同様貧しい地区の出身である。

高校を中退したエドゥアルドの目標は、学業を続けることと「国家に仕える」ことだ。デルビシュは、将来を国家警備隊に捧げるつもりでいる。

近年ベネズエラでは、軍人が文民社会において重要な役割を担うようになってきた。22の州のうちの9つの州で元軍人が知事に選出され、11人の元軍人が国会議員になっている。2004年〜05年には、計60人以上の将校が公職に就いたが、その大部分は1992年2月のクーデターでウゴ・チャベスを支えた戦友たちである。

これに対して野党や一部の学者からは強い批判が噴き出している。ベネズエラ中央大学で政治理論を教えるミゲル・マンリケ教授は、政府与党の行政経験不足が多くの元軍人の任命を招き、それが結果的に大統領の足場固めにつながっていると述べる。

しかし政府内では、この点は問題視されていない。ニコラス・マドゥロ国会議長は次のように主張する。ボリバル運動はベネズエラの歴史から最善の学びを取り入れており、今回のことについて言えば、それは「新しい現実を形づくるための軍と人々の融合である」

このような議論めぐる国内の意見は、常に二分しているわけではない。ベネズエラ人の軍に対する見方は、1958年1月23日にマルコス・ペレス・ヒメネス将軍の打倒を旗印に市民が軍に加わって以来、大半のラテンアメリカ諸国の人々が持つ見方とは異なっている。1970年代〜80年代にかけて独裁政権を経験したチリやアルゼンチンなどの人々にとっては、人権侵害の記憶は遠い昔の出来事どころかいまだに癒えぬ傷口のように感じられるものなのである。

ベネズエラは、公式な国家間の戦争を行ったことはなく、軍隊は防衛的役割を担ってきた。1962年に海軍の反乱が2度失敗し、その後30年間は比較的穏やかな時代が続いた。ところが1980年代後半から90年代初頭に政治が不安定化し、ついに不満が噴出した。そして、道理にかなっている限り、軍が非効率で堕落した政府の方向性を修正しても構わないだろうという考え方がいくらか容認されるようになった。こうした考え方こそ、1992年2月のウゴ・チャベスのクーデターと、その後に軍の将校が起こして失敗に終ったクーデターを後押しする力となった。

チャベスは、クーデターを実行した動機の一つとして、カラカスで1989年2月27日に起きた「カラカーゾ」(カラカス大暴動)にしばしば言及してきた。この大暴動は、軍隊の力で残酷なまでに弾圧された。そして数週間後、行方不明家族のリストを振りかざす何百人もの民衆の打ちひしがれた表情と集団墓地の出現となってその悲惨な結末があらわになった。

ウゴ・チャベス中佐は、ベネズエラ初の民主的に選出された軍出身の大統領となった。彼は軍隊の変革に着手し、最初の調整を新しいボリバル憲法にて行った。この時、ベネズエラ史上初めて軍隊に投票権が与えられ、徴兵制の廃止と志願制の導入も憲法にうたわれた。

最も重要なことは、軍隊と社会全体で果たす共同義務という概念がこれによって促進されたことだ。大統領就任後まもなくチャベスは、ボリバル・プラン2000を開始した。これは、大統領が「社会的緊急事態」と認めた場合に軍隊が対応できるというものだ。これに基づき軍隊は、人でにぎわう町の市場で食料品を販売したり、基本的なインフラの修復も行った。

このプランの期限は2001年と2002年にも延長されたが、軍内部のいくつかの部門からは、こうした活動が軍の職務としてふさわしくないという反対意見が出た。また、確認はとれていないものの、このプラン担当する軍司令官の中には、汚職に手を染めている者がかなりいたと言われている。このプランは2003年から中断されているが、軍の「社会」事業資金が枯渇することはなかった。2005年の国防省年次報告書は、依然として5,200万ドル以上が支出されていたことを示す。

新しい軍事原則の立案に携わったアルベルト・ミュラー・ロハス退役将軍は、共同の義務という概念を、古い軍隊の概念に戦略的に「適応」させた。そこには、近年は近隣諸国や国内反乱の脅威が薄れ、米国の帝国主義的介入の脅威がそれにとって代わったという事情がある。ミュラー将軍からすれば、今の米国の介入は脅威以上の存在で、「宣戦布告された戦争」に相当すると見られるため、新しい概念の適応が必要だった。結局ブッシュ政権が主張していることは、敵対するすべての国家に対して米国は攻撃をする権利を有するということだ。

最近成立した国軍法は、チャベスが公式声明で述べてきた共同義務の概略に対して法的な後ろ盾を与えるものである。正規軍の軍人8万人以上に加え、現在は予備役兵も職務に就いている。チャベスは、このような協力が米国介入の脅威に抵抗できる唯一の方法であると主張する。

2006年2月4日、失敗に終ったクーデターの14周年を記念する集会でチャベスは、予備役として100万人以上の市民を訓練して武装させるという政府の意向を正式に発表した。現在では大統領直属の部隊が置かれ、その2006年の資金は3,200万ドルを超える。予備役の新本部は、チャベスが1992年のクーデターの最後に投降した軍事記念館の中にある。すでに一部の予備役兵たちが、ベネズエラ石油公社(PDVSA)、ベネズエラのガイアナ開発公社(アルミと鉄鋼)、マイケティア国際空港などの主要国営企業の警備に就いている。

軍の印の無い緑色の制服を着た男女が軍事パレードに参加しているが、その数は以前より増えている。軍の副司令官、マリオ・アルベラエ将軍は、これまでに訓練を受けた人数を明らかにしようとはしない。将軍は、米国国防総省は人数を知りたがっているだろうが、「彼らには想像させておくのが一番だ」と言う。

しかし、ベネズエラが向かっている方向を気にしているのは米国だけではない。つい先日国会の洗面所で、中を暇そうに掃除する女性たちの雑談をふと耳にした。「私はライフルを持って何をすればいいのかしら?」という若い女性の問いかけにもう一人は、新しい技能が身につけられるからうれしい、と答えていた。彼女らのおしゃべりは単なる暇つぶしではない。公務員は、訓練対象者リストのトップに挙げられているのだ。

宣伝活動にもかかわらず、今なお軍隊はベネズエラ人の間にさまざまな感情を生み出している。最近次のような言葉を聞いた時、そんな感情の中の一つ、愛憎入り交じったほろ苦い思いが心に引っかかった。「国家のためにあなたは喜んで死ねるかと聞かれますが、果たして国家が私のために尽くしてくれるようなことがあるのかしらと疑問を感じました」

 

エリザベス・ヌニェス
カラカスから軍事動向を報道するベネズエラ人ジャーナリスト

 

訳: 松並 敦子

 


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