エジプトのデジタル革命とこの国のゆくえ

A digital revolution in
Egypt and beyond

New Internationalist No.442
May 2011 p24

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で世界に出来事を伝える新しい世代の市民記者、ジジ・イブラヒムがエジプトの市民革命について報告する。

今年2月、驚くべきことがエジプトで起こった。18日間行われたカイロのタリハール(「解放」)広場での民衆の抗議活動と3日間にわたるゼネストの後、この国の83歳の独裁者ホスニ・ムバラクが辞任したのだ。これまで民主的な活動を残忍なやり方でひねりつぶし、何のとがめもなく拷問を行い、報道を検閲し、不正選挙を行ってきた腐敗まみれの独裁政権は、幅広く支持されたピープル・パワーのうねりによって倒された。注目に値するのは、親ムバラクの凶悪な警察官による脅し、殺人、抗議参加者数百人の拘束があったにもかかわらず、抗議活動自体はほとんど非暴力であったことだ。

2010年には、今日の状況を予感させる多発的な抗議活動の発生という前例のない出来事が起こったが、24歳のジジ・イブラヒムは当時も活発に活動した。日頃からツイッター(短文投稿サイト)を使いこなしていた彼女は、軍による暴行と拘束に関する情報を人権団体に知らせ、彼らの情報収集に一役買っていた。彼女は自称「革命社会主義者」だが、町に繰り出した人々が持つ幅広い多様な政治観を認めている。

「タリハール広場は、まるで直接民主主義実践の場のようでした」とイブラヒムは言う。「人々は自分たちで組織だって動き、ごみの片付け、食料の手配、警備を行っていました。そしてそんな状況の中で、人々は政治的課題をどう進めていくか議論していました」

これらの議論を経て合意された要求リストができあがり、大きな布製の垂れ幕に印刷され、高層ビルからつり下げられた。リストに挙げられていた要求のうち、上位にあったいくつかは実現された。例えば、ムバラクは去り、国会は解散した。しかし、新しい国会議員を選ぶ8月の選挙を管理する軍の幹部らは、30年続く非常事態法の解除を先延ばしにしている。

「軍が民衆の要求を受け入れるとは考えていません」とイブラヒムは言う。「目標の達成には革命しかありませんでした。ムバラクがアハメド・シャフィクを首相に任命した時、軍はムバラクに辞任を求めませんでした。ムバラクは、民衆による圧力が高まり辞任したのです。2月25日、私たちはシャフィクがいる首相府の前で、シャフィク政権の退陣を求めて泊まり込みの抗議を行っていました。その時軍は私たちに暴力をふるい、牛追い棒で襲いかかってきました。抗議参加者の中には逮捕されて軍事裁判にかけられ、5年の刑を言い渡された人もいます。つまり軍は、旧政権がエリートを支えるためにやってきた同じやり方を今も行っているのです」

イブラヒムらの心配の種は、現在予定されている選挙が8月であり、準備の時間が足りない可能性があることだ。つまり、民衆の抗議のうねりは幅広い考えを持つ人々が作り上げたものだが、そんな幅広い考えを代表する人々を擁立するには時間がかかるからだ。そうすると、そこに生じる政治的空白には、保守勢力(ムバラクの国民民主党の残党、ムスリム同胞団、モハメド・エル・バラダイ率いる変革のための国民協会)が入り込んでくるかもしれない。しかし彼らはエジプトの民衆を大いに失望させてきたのと同じ経済方針を支持している。

とはいえイブラヒムは、民主労働党の結党によって勇気づけられている。民主労働党は、革命の間に出現した独立系組合の連合体を代表する党である。イブラヒムは、西側の人々も連帯が可能だとし、こう提案する。「自分たちの政府に対し、エジプトの独裁者への武器売却停止と、エジプト人が自らの手で民主主義をつくる機会に干渉しないよう求めて圧力をかけることです」

フィル・イングランド

ジジのツイッターアカウント
ジジへのインタビュー全文はNIのサイト(英語のみ)で閲覧可能







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