支え合う住宅
(抄訳)
Joining hands

New Internationalist No.461
March 2013 p22-23

住むための家は、資産へと変わってしまった。1980年代、社会という理想が政治的に解体され、以来政府は公営住宅を民営化し、賃貸住宅市場の規制緩和行い、住宅市場を膨張させた。そしてそれは悲劇を招いた。

今までのような住居の所有が困難になったこの時代、私たちはどうすればよいのだろうか? オルタナティブは何なのか?

今回は、市場の暴君を打ち負かす住まいのモデルを、サミア・ジェライが紹介する。実は、最高の我が家とは、他の人々と一緒に建てたものである。それは、これまで以上に社会的で、共同体の要素を持ったものだ。


ウルグアイとスウェーデンの協同組合方式の住まい

協同組合形式の住宅であるコーポラティブハウスには、さまざまな形態のものがあるが、その基本原則は、民主的に運営された協同組合が所有し、そのメンバーが管理するというものだ。

ウルグアイでは、1970年代より協同組合運動が着実に広まった。その結果、当初はほんの一握りのプロジェクトしかなかったコーポラティブハウスが、今日では500の協同組合が協力して9万人に住居を供給するFUCVAM連合になった。

そのメンバーには、この国の最貧層も少なくない。彼らは月80時間住宅建設を手伝い、自らの手で自分たちの住まいを建設している。コーポラティブハウスの建設費の15%をまかなうのが、このような「労働力の提供」あるいは協同組合の貯蓄である。残りの85%は、低利の住宅都市整備国債でまかなわれている。

FUCVAMは、他にも15のラテンアメリカ諸国へ手をさしのべ、社会運動のやり方を広めている。その目標は、「別々に取り組んでいては手の届かない解決策を、人々を組織化することによって実施する」というものである。

コーポラティブハウスは、住宅市場が機能不全に陥りはじめている「先進」国でも大きな違いを生み出すことが可能だ。

例えばスウェーデンでは国民の約20%に住まいを供給する。その始まりは、1920年代から30年代に借り主が起こした家賃値上げ反対運動だと言えるだろう。1945年スウェーデン政府は、コーポラティブハウスに対して他の一般的な住宅と同レベルまで公的資金を支出することを決めた。

コーポラティブハウスは、1973年まで価格統制され、1990年までは補助金が支給されていた。しかし最近では、国家支援から離れ、協同組合連合がアパートを所有している。


サミア・ジェライ(Samir Jeraj)
住居問題を専門とするジャーナリストで、2008年から12年まで英国のノーウィッチ市の市議会議員を務める。




No.461  Why is housing in such a state?



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