消えない傷跡
(一部翻訳)
Perpetual scars

New Internationalist No.472
May 2014 p10-20
今月のKeynote“Perpetual scars”より、活動家と臓器提供者のインタビューを掲載します。

<活動家へのインタビュー>

「医者たちはお金のことしか頭にありません」

フィリピンのAmihan Abuevaは、人身売買と児童保護の活動に取り組んでいる。資金不足で昨年団体を解散せざるを得なかったが、Asia Against Child Trafficking (Asia ACTs)というNGOで地域の責任者を務めていた女性だ。


私は1980年代終わりから児童保護の活動を行ってきましたが、臓器売買の問題は、2001年に表面化しました。買う方が外国人と現地人、売る方が現地人ということで、子どもの売買春とそれが目的の観光に重なるイメージを持ちました。

臓器売買の1回当たりの取引費用は合計6万ドルで、そのうち2万ドルが病院のコストになります。臓器を売る提供者側に渡るのは、1,000〜2,000ドルになるでしょう。医者が受け取るのは2万7,000ドルほどになります。彼は取引費用の大きな部分を受け取り、自分の[医療]チームを編成します。

提供者が受ける恩恵は長続きしません。お金はなくなりますが、体への打撃は長期にわたって残ります。多くの提供者は、タバコやお酒をやめなければならないということを知りません。健康診断を受けることもありません。医者たちはお金のことしか頭にないのです。

臓器売買を止めるため、私たちは集めた情報をもとに政府、警察、教会と一緒になって取り組みました。そして、国内に加えて国際的にも圧力をかけました。そしてついには、いくらかの結果を出すことができました。

DOH(フィリピン保健局)は、[フィリピンに]反売買法があって臓器売買は禁止されており、処罰されるということを意識していないようでした。なので国内外へ圧力をかけたのです。

DOHは、外国人がフィリピンで移植手術をすることを許可しませんでした。しかし、国内での貧しい人々から裕福な人々への取引を止めることにはなりません。そこには、海外に住むフィリピン人が移植のために帰国するというケースも含まれます。

こんな事が起こらないよう、病院の倫理委員会がしっかりする必要があります。しかし、多くの病院が手を染めているため、いらだちがつのります。NGOとして、当局と協力していく必要があります。私たちが証拠集めをしたにもかかわらず、警察の方で立件できないこともあります。

私の活動を快く思っていなかった人々もいました。[2008年に]、私はトルコで開かれていた臓器移植の国際会議に出席していました。参加者のひとりが私のところに来て言いました。「ここにいる人々の半分以上は、あなたがしている活動のせいで数百万も失う瀬戸際にいる、そのことを分かっているのか」

現在、臓器売買は少し落ち着いているように見えますが、問題は終わったわけではありません。Asia ACTsは、提供者になりそうな人々が、代わりになるような資金源[臓器売買をせずにすむような社会保障や仕事]を見つけるよう彼らを地域の行政に紹介していました。社会保障・開発局は、事業を準備すると約束してくれました。いろいろな病院に窓口となる人を置き、今でも病院での出来事に目を光らせています。そこには依然として[違法な]ネットワークが存在しているのです。

私は本当に消耗しました。こんな状況になれば、誰もがエネルギーを取り戻すために活動を停止するしかないのです。

インタビュー:Iris Gonzales.


<臓器提供者へのインタビュー>

「私は心の内側から泣いています」

C(仮名)がモルドバの村からトルコのホテルに連れてこられたのは38歳の時だった。彼女は絶えず監視下に置かれ、だまされて腎臓を摘出されてしまった。彼女は2,500ドルを受け取って故郷に戻った。移植を受けたのはイスラエルから来た80歳の男性だった。

私たちはいつも隠れていました。この件にかかわっていたのは山賊のような連中であることは明らかでした。私は逃げ出したかったのですが、言葉は分からずいったいどこにいるのかも分かりませんでした。私の村からは若い男性も来ていましたが、彼は思い直して数人のルーマニア人と一緒に何とか逃げ出すことに成功しました。彼らは若く、またグループでした。私は年上でしたし、女性、そしてひとりでした。私は泣きましたが、何の役にも立ちません。私のパスポートは連中が持っていました。私が知っていたことは、ホテルの鍵に「Hotel Ali Baba」と書かれていたことだけでした。

トルコに腎臓を売りに行くなんて知りませんでした。N(仮名、手配者)は私に、仕事を見つける、おそらくパンを焼いたり、皮のジャケットを縫ったりするような仕事だ、と言いました。とんでもないことが起こるなんて知るよしもありませんでした。

私は心の内側から泣いています。彼らは私たちをごまかし、だましたのです。すべてはあの女[トルコの人身売買仲介者]のせい。あー、あの女は悪魔に違いない。あの女には恋人がおり、彼らは臓器だけでなく少女の売買も行っていました。彼女は常にこぎれいで正直な少女、若い娘を探していました。なんと彼女は私の娘はどうかと言ってきました。彼らは、行儀が良く健康的な村の娘を探していました。私の娘たちには、1人当たり3,000ドル払うと言いました。信じられますか?

私は村に戻りましたが、まったく異なる自分になっていました。私はほとんど歩くことができませんでした。私は娘たちに手術跡を見せ、一緒に泣きました。その後娘たちは、私を非難するようになりました。「お母さんのせいで、私たちとっても恥ずかしいわ。もうディスコに行って楽しむこともできない。どこの子どももお母さんのことを腎臓を売ったと噂しているのよ」

私は家に帰って1週間は外に出ることはできませんでした。その後外に出ても、歩くのが困難で、腰を曲げており、その姿は近所で目撃されていました。そして人々は頭を振り、「カネのためのそんなことをするなんて」と言っていました。

私は自分の行いのために顔を上げて歩くことができませんでした。近所の人々とちょっともめたりした時に、「だまれ!何が分かるって言うんだ。腎臓を売ったくせして!」などと言われるからです。こんな仕打ちで本当に侮辱されていると思います。まったく嫌になります。もうこんなことはやめてほしい。完全にやめるべきです。

私の問題[慢性的な痛み]を診てもらいに一度医者に行きました。私は彼に言いたくありませんでしたが、傷跡を見るなり彼は言いました。「これはモルドバで行われた手術ではないね。どこでこんな食肉処理を受けてきたんだい?」

時々、私と夫は口論になります。私は怒ると彼に向かって「いい、私の腎臓のおかげで家が建ったのよ」[腎臓で得たお金で再建途中だった家の修理ができた]と言います。そして彼はこう返します。「どんな悪魔がそこに行ってそんなことをしろと言ったんだ?」私は夫に、男なんだからあなたが売るべきだったと言います。私は女なのだから、男が守るべきだと。「でも、おまえが行くだろうなんて分かるわけがないだろう。自分でまいた種だ」

Cはずっと体調が悪く、50歳になる前に死亡した。モルドバの警察は、彼女の村での人身売買取引を何とか食い止めている。

インタビュー:Organs Watch



No.472 Organ trafficking(臓器売買ビジネスの現実)



NIミニリポートは、メルマガで配信1カ月後にこちらに掲載となります。早く読みたい方は、ぜひこちらメルマガ登録を。





オンラインリポート一覧へ