言語のサバイバルな歴史
(一部翻訳)
up and down

New Internationalist No.473
June 2014 p22

言語の生き残りは、いくつもの変化にほんろうされる。通常、世界の母国語の運命は、草の根レベルでの行動、政治的意志、偶然の機会などが絡み合って決まる。

<ヘブライ語>
この言語は大きな成功例と言われている。紀元200年から宗教的にしか使われてこなかったこの言語も、今日では900万人が使用している(このうち700万人はイスラエルに住む)。過去150年にわたるヘブライ語の成功の要因は、いくつもの最悪の状況に見舞われたこと、最も熱心な活動者(エリエゼル・ベン・イェフダー:1890年にヘブライ語委員会創設を後押しした)がいたこと、ヘブライ語以外に共通言語を持たない異なる人々がパレスチナ(そしてその後はイスラエル)に集団移住したこと、ヘブライ語と一緒に国家主義と宗教信仰心も高まった新国家の樹立があったこと、その他の有力なライバルの不在(しばらくはイディッシュ語との争いはあった)によるものである。

<グアラニ語>
約500万人が使用しており、ラテンアメリカで最も多くの人々が使う言語のひとつである。20年にわたる政治的、文化的な圧力によって、2011年にはスペイン語とともにパラグアイの公用語となった。現在では国民の80%が使用している。他の場所ではあまり見られないことだが、この数字の中にはパラグアイの外から来た人も含まれている。グアラニ語は、アルゼンチン、ボリビア、ブラジルの一部でも使われている。

<フランス語>
多くの国では、少数派言語の権利に関するショッキングな過去があるが、フランスが持っている過去はその中でも最悪レベルである。単一の国家、民族、言語という観念にとらわれ、1789年のフランス革命以来のその方針は、国民に対して、またたとえ国民でなくともフランスを押しつける「フランス化」である。国内の少数派とEU(欧州連合)からの圧力のおかげで、フランスもいくらかは譲歩し、カタロニア語、コルシカ語、ブルトン語などいくつかの少数言語を渋々ながら公式に認めている。しかし、バスク語は認められておらず、1993年までは子どもにバスク語の名前をつけることさえも禁止されていた。フランス化は海外にもおよび、経済的援助でつながる元植民地である南太平洋のバヌアツでは、学校教育でもフランス語が使われている。



No.473 Speaking out for a multilingual world(世界の言語の消滅を防げ)


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