最底辺からの挑戦
伝統音楽でカースト制度をひっくり返せ
Pariah beats
(New Internationalist No.359
August 2003 p20-21)

カースト制度の打倒を目指し、伝統音楽を奏でるインドのダリット。その現状をジュリアン・シルバーマンが報告する。

「誰も表立っては言わないが、ガンジーは最悪の害をもたらした人物だ……彼は国のためを思って何かしていた訳ではないんだ!」 定年退職した南インドのクラシック音楽研究者で、カースト制度の最高位、バラモンに属するシュブラマニアン教授は、そう言うとリサイタルへ向き直った。彼は鼻をフンと大きく鳴らし、再びこちらを向き、痛烈に文句を言い出した。彼は、「インドの不可触民」は上を目指しているが、本来いるべき場所はヒンズー社会の階層の最底辺だということを自覚するべきだと主張する。ガンジーは、ダリットと呼ばれる虐げられた人々に対する寛容の心を育むために彼の一生を捧げた。ガンジー自身、ダリットのことを‘ハリジャン’または「神の子」と呼んでいた。ネルースタイルの衣服を着たシュブラマニアンは、その成り上がり者のことを考えるだけで興奮してきた。「やつらは、‘ハリジャン’が抑圧されていると言うが、実際抑圧されているのはバラモンだ!」

ダリット[注]は反撃に出ている。この世に生を受けた瞬間から疎外されてきた彼らも、徐々に自分達の人権を主張するようになってきた。ダリットは、インドの5分の1を占める最貧層の中では最大のグループである。彼らは、かろうじて生活できるほどの糧を得るため、高カーストの家族のために働く。多数のダリットは栄養失調で、地主、役人、カネ貸しから搾取されている。

ダリットのユニークな音楽は、長い間高カーストのエリートから、本質的に「不浄な人々」から生まれた堕落した文化だと見られてきた。高カーストの人々は、ダリットの存在と文化習慣を、何か不潔なものでも見るようなにながめてきた。シュブラマニアン教授が認める音楽は、高カーストの人々によって作られたものだけだ。カルナティックとして知られる、バラモンの洗練されたクラシック音楽の中心地チェンナイ(旧称マドラス)。そこで開かれたリサイタルの会場で、彼は次の様に述べた。

「音楽には、民俗音楽とクラシック音楽がある。カルナティック音楽は、科学的にきちんと整っているが、民俗音楽は違う……それは、適切な訓練を受けていない素人が、ただ感情や情熱を叫んでいるだけだ。民俗音楽などは子供でもできる。インチキだ!だがカルナティックは違う。才能が必要なのだ」

高カーストの人々からの偏見にも負けず、カースト制度のどん底に位置する人々は、彼らの音楽の価値を見直そうと取り組んでいる。それは抵抗の源泉となり、新しい革命的な自己認識の基礎ともなっている。ダリットの女性達は、インドのいたる所で自助努力グループのミーティングを開いている。彼女達が抱える問題を共有し、解決策を見つけるため、女性達は村のミーティングに集まる。その様なミーティングを重ねる中で彼女達が学んだ事は、個々人の個別の問題について文句を言っても仕方が無いという事だった。 それは、抑圧的な社会構造が彼女達の問題の原因になっているという事実について――ブラジルの革命的な教育者パウロ・フレイレの言葉で言えば――「意識化された」ということである。彼女達が、適正賃金、安全な水の確保、電気の使用、土地の権利を求めてグループとして一丸となって闘うにつれ、この事実についての理解が、自己とコミュニティーについての新しい感覚へと導く。

「村落活動グループ Village Action Group」というNGOで働くアンビュは、日々ダリットの女性達が直面する苦労に対して、どう音楽を使っているのか説明する。「以前女性達は、農作業の……苦しみについてや、寺院や神々について歌っていました。しかしここでは、問題と解決策について歌っています。私達は、女性が直面する問題、ダウリ[訳注1]や純潔について、そして誰がこれらの問題を解決できるのかについて歌にします。女性が集まるミーティングでも歌います。女性達が問題の意味を素早く把握できるのは、歌の秘めるパワーのおかげなのです」

数々の屈辱

アロキアサミー氏はダリットである。彼は情熱的な人間だ。数々の屈辱を通して、無理矢理パリアらのコミュニティーに貼られた不可触民のレッテルを思う時、彼の心は張り裂けそうになる。彼は、草の根の組織「民衆のための多目的開発協会 People’s Multipurpose Development Society」の事務所で語ってくれた。いまだ多数の村のカフェでは、高カーストの人々が使ったコップでダリットが飲む事を禁止しているし、またいくつかの村では、通り全体が「けがれる」ことを防止するため、ダリットが靴を履いて歩いたり自転車に乗ることを禁止している。

このカースト社会の中で、アロキアサミーは逆の身分に間違って生まれてきてしまったのかもしれない。しかし、彼もまたシュブラマニアン教授のように、ガンジーのカーストに対する姿勢には批判的だ。熱烈な信仰者であるガンジーは、ヒンズー教の経典にあるカースト制度は神からの授かりものであり、そのまま残すべきだ、と考えていた。しかしアロキアサミーは、不可触民というこじつけが、ヒンズー教の中で今のような形になったのはそう古い話ではないとし、その間違いを取り除く必要があると考えている。

アロキアサミーは、彼が尊敬するダリットの偉大なリーダー、アンベッカ博士のように、カーストによる差別をなくすには制度全体を打ち壊す必要があるだろうと考えている。彼は、ダリットコミュニティーのヒンズー教徒、イスラム教徒、キリスト教徒や、他のコミュニティーのグループと協力しているが、その中でも一番虐げられているのがパリアと呼ばれる葬礼のドラムをたたく人々だ。その昔、パリアがいかに激しくヒンズー教主流から排除されているのかを目撃した英国の植民地行政官達は、忌み嫌われ拒絶されているすべてのものに対してその名前を使うようになった。それが今日はpariah[訳注2]となった。

パリアの地位の低さは、ヒンズー教が内包する物事の中でもっとも不浄なもののひとつとされる死と関連させ、今でも強く主張される。

パリアは、厳格なベジタリアンである地主達に仕え、昔は田畑から動物の死骸を撤去するよう命じられていた。そして、飢餓状態にあったパリアは、腐敗しかけた聖なる牛の肉を密かに食べることを余儀なくされた。この様な死と密接に関係する彼らの境遇により、もうひとつの社会慣習的な役割が課された。

他の階層の者の葬式の時、パリアは特有の‘パリ’ドラムを演奏する習わしになっている。ドラムの革は通念上不浄なものとされる死んだ牛の革で、この‘パリ’は、彼らの名前の由来ともなっている。パリアは、死者を悼むプロセスの一部である葬列や踊りの間中、何時間にも渡って演奏し続ける事を要求される。

「まるで俺達のカーストが罰せられているようだ。俺達のドラムを他のコミュニティーの連中のために演奏するなんて、罰を受けているみたいだ。連中は俺達を見下しているのに、葬礼の手助けをしなきゃならない。だが、俺達がやらなきゃ誰も踊る事ができないんだよ」

「民衆のための多目的開発協会」のミーティングで、パリドラマーの指導者であるサヴェラは、その楽器を抱えて叩いた。その名演奏家の音は心を揺り動かす。私達には素晴らしい文化と政治力がある――ドラムが運ぶこのメッセージを祝福するため、人々がダリットのプライドに満ちた自由な踊りに加わるにつれ、そのリズムは激しさを増して行く。かつてはパリアの不名誉の象徴とされたパリドラムが、いまやカーストに立ち向かう効果的な武器となった。サヴェラは演奏をやめ、顔から吹き出る汗をふいた。「昔は、音楽を他の連中の家で演奏する事を恥ずべきことだとし、賃金もとても低かった……しかし現在、その状況は変わった。彼らは葬礼のために我々の音楽が欲しいのだ。我々は自身の文化を悪く考えていたが、今では誇りに思っている……それは葬礼用の音楽などではなく、我々自身の音楽なのだから」

しかし、多くの若いパリア達は、現代の吹奏楽団が使う合成皮革のドラムを演奏したがる。人々の心の奥深くには、依然として牛革と結びついた不名誉に対する意識が消えていない。

「若者達は、伝統的なドラムを使うのにためらいがあり、現代的なドラムを使う。しかし現在、ダリットのリーダー達は 『これが私達の文化、私達の音楽だ。若者も進んでパリドラムを演奏しよう』 というスローガンを唱えている」 葬礼の時パリアは、依然として伝統的なドラムを使っている。それは、彼らの主要な収入源のひとつにもなっている。しかしそのドラムは、村人達が立てた自分達の候補の選挙キャンペーンのために徐々に使われるようになってきている。

挑戦のダンス

サガマリーはよく笑う精力的な女性だ。彼女はひとりのダリットとして、また「女性のための解放運動Liberation Movement for Women」のリーダーとして、アロキアサミーと緊密に連携をとり、女性達が小規模ビジネスを始めるための支援を、自助努力貯蓄グループを通して行っている。グループとして集まって行動を起こすことにより、銀行から融資を取り付け、小規模ビジネスを発展させ、行政サービス利用に関する嘆願書を提出し、役場職員への候補者まで立てた。

彼女は、パリドラマー達が先頭に立つデモ行進を組織することにより、どうやってダリットの有権者達を動員したのかを述べた。それは、投票所へ向かうために集まった人々が、ほこりっぽい通りや車道をデモ行進するところから始まった。行進するにつれ、ダリットの参加者達(ヒンズー教徒、イスラム教徒、キリスト教徒)はお互いに団結を深めた。その一団が、村の裕福な一帯にあるしっかりした造りの家、または‘最高級’の金持ちの家のそばを通り過ぎる時、ミュージシャン、男、少年達は興奮し、たくさん集まる見物人の前でダンスを自由に踊った。この熱狂したように踊る挑戦のダンスは、ダリットの自己認識、プライド、力強さを見せつけるものである。彼女は興奮したようにその祝勝行進について語る、「大きな行進……家から家へと歩いて有権者を集め、やっと投票の時が来た! 私の心の中では、勝利への確信が芽生えていた!」

これらの挑戦は素晴らしいことだが、ダリットの文化や権利に異を唱える者達は、アロキアサミー、サガマリー、サヴェラのような活動家達に長い闘いを強いる。誰もが彼らと同じように考えている訳ではなく、ダリットのいかなる地位向上に対しても腹を立て、妨害したいと考えるシュブラマニアン教授のような人々もたくさんいる。「他のカーストが、社会のどの部分においても上に立ち、そしてパリアは、占めるべき地位を占めている……だが奴らは社会倫理に反する方法で引っ張り上げられているんだ、まったく無学な奴らめ! 奴らは社会倫理とは何かということを知らないんだ! 見た通りだ、地位の低い奴らは上に立ちたいのだ!」このシュブラマニアン教授の文句にうなずく人もいるだろう。

バラモンのラクシミという若い女性は、有名なマドラス音楽学院で声楽を学んでいる。彼女は、インドの次を担う世代が、文化の違いを軽蔑するのではなく称え合うよう望んでいる。学院の講堂の外で私達は立ち話をした。中からもれてくる音楽を聴き、彼女の目は輝き喜びに満ちていた。彼女はささやいた、「バラモン達は、このクラシック音楽の事を神聖な音楽と呼ぶのよ」

彼女に少し難しい質問をしてみた。それは、もしも神聖な音楽と言うのなら、それはダリットにとってもバラモンにとっても神聖なものなのか、というものだ。彼女は照れ笑いを浮かべた。

「インドの現状をよく表した質問ね。おおっぴらに言えないことはあるわ。人々は物事の見方を変えなくてはダメ。そして、もっと思考を広げなきゃ。そうしなければ、インドに未来はないわ。バラモンは……私達は、彼らが同じ地位に登りつめてくることを許さなければならない……バラモンは彼らが近づいて来ることを許さないでしょうね……私にはちょっと説明できない。私の両親は、彼らを劣ったグループだと考えているの。私はバラモンだけどそうは考えないわ」

私は彼女に尋ねてみた。ダリットとバラモンが、コンサートで一緒に演奏している姿を想像できるのかどうかと。物思いにふけるように彼女は言った、「そうなったら素晴らしいわ……」

Julia Silverman
オーストラリアのメルボルンにある、RMIT大学の社会事業プログラム責任者。

注)ダリットという言葉は、「被抑圧者」と訳すことができる。しかしまた、解放への原動力を核とする、自己認識の可能性を示唆するという意味もある。このような意味があるため、人々はこの名前を好む。

訳注
1)結婚持参金や婚資と訳されることが多い。結婚時に、花嫁が花婿の両親や実家へ持参するカネやモノのこと。結婚時に用意できない場合、その後花嫁の借金として残り、花婿の家族からの嫁いじめや挙句の果てには殺人へとエスカレートすることもある。
2)「(社会の)のけ者、宿なし、浮浪者、世間からさげすまれる人、仲間から相手にされない動物」の意(ランダムハウス英語辞典より)。

アロキアサミーへのインタビューとパリア大衆劇からの音楽は、NIのウエッブサイト(www.newint.org/audio/dalit.mp3)から聞くことができます。




 


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