貧者のための出版社
エロイーサ・カルトネラのプロフィール

Profile of Eloísa Cartonera
(New Internationalist No.366
April 2004 p33)

毎晩ブエノスアイレスの街は、アルゼンチン経済が崩壊する前には見られなかったような人々であふれかえっている。この「新参者」はカルトネラと呼ばれる人々で、夜中に街のごみから紙や段ボールを回収し、それを業者に売って現金を得ている男女、そして子供も含まれる。2002年の史上最大級の通貨切り下げは、外国人観光客のみならず、こうした何万人ものカルトネラをもこの街に引き寄せた。観光客はブエノスアイレスをよくパリに例えるが、失業と紙価格暴騰によってカルトネラとなった人々にとって、ここはただの貧困地獄の地でしかない。しかし、そんな地獄の中にも創造的なオルタナティブが生み出された。それは、崩壊という状況の中で人々の力によって生み出されたものと言えるだろう。

「国内で最も重要な出版社になるでしょう。私はそう確信しています」 作家であり、エロイーサ・カルトネラの創立メンバー3人のうちの1人、ワシントン・ククルトのこの言葉を容易には信じ難い気もする。エロイーサ・カルトネラとは、カルトネラが集めたボール紙に、彼らが自ら描いたボール紙の表紙をつけた本を最初に作った出版社のことである。エロイーサは'自主管理的'という意味があり、「自発的」に仕事を請け負う出版社で、未発表の作家や著名作家の作品合わせて20冊以上をすでに出版している。

現在のアルゼンチン文芸界を代表する作家リカルド・ピグリアは、エロイーサに小説を寄稿し、サセル・アイラも未発表短編小説『Mil Gotas』を寄稿。これはすでに800部売れ、アルゼンチンの大手出版社から出版される作家の平均販売部数をはるかに上回った。

カルトネラから転身した職人4人とアーティスト3人による出版の試みは、驚くべき結果をもたらした。彼らの本は、カルトネラと作家という普段はほとんど接点のない両者を結びつけ、インテリ層の産物と、街や貧困を隔てる境界を崩したのである。

「まさに歴史的な結びつきだ」と、ピグリアは話す。「アルゼンチンでは新しいネットワークが立ち上がりつつあり、作家たちは新しい社会状況と自分たちを結びつける道を見出しつつある。これは、単なる貧者の集まりを作ろうとしているのではなく、貧しさに打ち勝つための道を模索しているのだ。」

作家は言葉で何かを伝えるが、エロイーサはこうした言葉を仕事の機会に転換し、失業者に与えている。

経済崩壊以来、融資のチャンスはめったになくなり、国からの援助もなく、正式な流通や宣伝システムもない。しかし、4人のカルトネラの熟練仕事によって作られる手書き表紙の本は、世界に1冊しか存在しないものである。彼らは、ほんの数ヶ月前まで自らボール紙を探して夜な夜な街をさまよい歩いていたのだ。エロイーサ・カルトネラが、アルゼンチンで今年最高の文化活動となることに疑いを抱く人は、今ではほとんどいない。

ピグリアは口を開くと、こう強調する。「文学は多額の金が動く不思議な産業だ...だが、作家は貧乏を強いられている。この産業はとても現代的でありながら、部屋の中でコツコツとものを書くという古めかしい作業によって成り立っている。エロイーサは、この古めかしい部分により近いのだ」 出版というビッグビジネスと距離をおくエロイーサ・カルトネラは、大衆向け書店で業界一安い1ドルという値段で本を販売し、読者を広げている。

ブエノスアイレスの下層社会を浮き彫りにした作品で知られるワシントン・ククルトは、市立図書館で働きながら本の制作を行う仕事場に通う。この仕事場の棚に、最新のエロイーサの最高傑作があった。それは、ブラジルの詩人アロルド・デ・カンポスの未発表作品を2カ国語でおさめた2巻から成る本である。これは彼の死後出版された。ククルトは自信を持ってこう語る 「我々の最高傑作です。ブラジルではまだ出版されていません」

本にボール紙の表紙を取りつけながらククルトは、カルトネラが持ち込んでくるボール紙を、どうしたらリサイクル会社の5倍もの価格で買い取ることができるのかを語った。

その理由は、本のページをすべてコピーして使っているからであった。「経費削減のために印刷機を買うのが夢ですが、まだ十分な資金がないのです」

生活そのもの、つまり日々食べて行くことが危うい状況にある中で、製造手法を変えたり単純労働を廃止する計画はここにはない。日本やイタリアへの債務返済に優先して支出する国では、仕事がないことは飢えを意味する。

「このプロジェクトは必要から生まれ出たものです。」と、ククルトは話す。ククルトの小さな出版社は、2002年の通貨切り下げでわずか数ヶ月間で輸入紙の価格が300%高騰した時に倒産した。「エロイーサのような活動がもっと増えれば、皆がもう少しましに生きられるのに」と彼は付け加える。

毎晩6時、郊外からある列車がブエノスアイレスに到着する。これに乗ってカルトネラたちはやって来る。1990年代の新自由主義に浮かれた空気の中で、あらゆるものが民営化された。鉄道会社も例外ではなかった。現在この鉄道会社は、このトレン・ブラン(白い列車)を増発して「新参者」の便宜をはかる。カルトネラの中には、特別な幼稚園に子供を預けてやって来る母親がいれば、子供も両親と一緒にやって来てボール紙を集める家族もいる。帰りの列車は毎日真夜中過ぎにブエノスアイレスを発つ。私は帰る直前に、エロイーサの将来についてククルトに聞いてみた。「将来のことなんて考えられないよ」と彼は答える。「毎日日々のことを、今日の仕事のことを考えるので精一杯さ」

エロイーサ・カルトネラのウェブサイト


文: トーマス・ブリル
訳: 松並敦子

 

 


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