しいたげられた人々の怒り

Ring of Fire
(New Internationalist No.374
December 2004 p24-25)

必要なルール変更――国家の主権と民主主義

一般市民の声が国際貿易のルールに反映されることはほとんどなく、国が持つ政治・経済の主権は企業によって侵されている。民主主義を意味あるものにするには、貿易ルールの決定に市民が加わる必要がある。貿易のルールは、人とコミュニティーの社会、文化、経済、環境に関する権利のみならず、市民権と政治的権利をも後押しするものでなければならない。


アンデス山脈沿いの地域で、新しい貿易政策の衝撃に対して公然と非難の声を上げる先住民コミュニティーが続出している。キャスリン・レデブールが、エクアドルとボリビア国内の反対勢力をレポートする。

エクアドルの首都、キトのダウンタウンにある安ホテルの2階の古い会議室。そこは、国内各地から来た先住民グループの代表者で埋め尽くされている。その部屋は、押し殺した話し声によるざわめきと、着古したポンチョに染み付いた木が燃えたような臭いで満たされている。ここにいる人々は、エクアドルの貿易相イボン・バキの登場を待っている。大臣は、新たに提案されたアンデス諸国と米国間の自由貿易協定の利点を説明するためにこの会場に姿を現すことになっている。

エクアドルのヨーロッパ通エリートのひとりであるバキ大臣は、駐米エクアドル大使を何年も勤め、ワシントンとの貿易交渉の強力な支持者である。ゆっくりした足取りでようやく彼女が会場に入ってきた時、そこにいた先住民の代表者たちとの違いは明らかだった。髪を金色に染めたバキ女史は、シルクのブラウスにオーダーメードのドレスパンツという姿。一方、会場のあちこちに見られる小柄な先住民の女性たちは、伝統的な刺しゅうの施された外出着にフェルトの帽子をかぶっている。ミス・ユニバース世界大会を昨年キトで開催したことが最近の業績の1つであるバキ女史は、その熱烈な自由貿易支持により、今ではミスFTA(自由貿易協定)として知られている。

バキ大臣は聴衆に対し、グローバル化は止められないと説明を始めた。「この自由貿易という列車に乗らなければ取り残されてしまいます。」アンデス自由貿易協定は、エクアドルの大企業にとっても小規模農家にとっても利益になり得ると彼女は強調する。しかし、「一番痛手を受けやすいのが地方の人々」である以上、交渉の場に小規模農家が入るべきではないだろうか。

「米国でなければ、一体どの国と貿易をするのですか?」とバキは問いかける。「ブラジル、チリ、それともペルーですか? これらの国々に対して、我が国は貿易赤字を抱えています。この地域では米国が最大の市場です。米国は国民を食べさせていくためにも食料の輸入が必要です。米国と交渉して好条件の協定を手に入れなければなりません。」そして彼女は、そうしなければ他の国がもっと良い条件を提示して割り込んでエクアドルが置いてきぼりにされるとも付け加えた。

バキが演説を終えないうちに、会場から質問が矢継ぎ早に浴びせられる。会場に集った人々はすべてFENOCIN(先住民、アフリカ系住民、小規模農民の連合組織)のメンバーたちである。エクアドルの人口1,300万人のうち、43%は先住民である。

「官僚と企業家で構成された交渉チームが、どうやって小規模農家や地方の人々を代表するのですか?」と疑問をぶつけるのは、アフリカ系住民のリーダーの1人である。

「米国と貿易をするにあたり、地方の人々に対して公平な競争の場を与えるために、政府はどんな技術的あるいは経済的な支援をしてくれるのでしょうか?」と、あるNGOの代表が尋ねる。

そんな中、部屋の隅から、メスティーソ[訳注:先住民とヨーロッパ人の混血]の女性が大きな声で割り込んでくる。「我々は、米国が条件を決めるのをなぜ許しているのですか? 交渉の中で、エクアドル固有の状況はどのように配慮されているのですか?」

FENOCINは2日間にわたる会談を行い、少なくともその時点では、バキ大臣が説明した自由貿易を支持しないことが決まった。そして先住民グループは、「地方の人々が本当に参加できるようになるまで」交渉を停止するように要求した。さらに、自由貿易から最も影響を受ける小規模農家、家内企業、熟練工の各セクターからの代表者を新しい交渉チームに参加させるようを求めた。

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エクアドルから1,500キロほど南へ行くと、そこには同じアンデス山脈が連なるボリビアがある。ここでもまた、提案されたFTAに対して先住民が慎重な姿勢を見せている。国内の過半数を占める貧しい人々と共に、先住民たちはボリビアの産業の民営化に抗議するデモを繰り広げ、彼らに影響を与えるこの経済プロセスに対する発言力を得ようと動いている。人口830万人のうち、500万人近くが貧しい生活を強いられているが、そのほとんどが先住民である。この国は、南アメリカで2番目のガス埋蔵量をほこるにもかかわらず、このような現実に直面している。

アルティ・プラノと呼ばれる乾燥した風に吹きさらされた高原は、先住民のリーダーたちの影響下にあり、ボリビアの先住民コミュニティーは何年も自治を要求してきた。ボリビアの主要な小作農民組織のリーダーでアイマラ族出身のフィリペ・キスペは、自治権は「我々が自分たちの法律と領土を持つ唯一の手段だ」と強調する。(1) アイマラ族は、ボリビアの人口の4分の1近くを占めている。

1998年、米国が資金援助したコカ根絶プログラム「尊厳のための行動計画(Plan Dignidad)」の実施と共に、政府の抑圧は激しくなった。この計画によりボリビア軍は、主たる収入源を死守しようとするコカ栽培農家と直接衝突することになった。米国による訓練を受け、武装した兵士たちが、計画に抗議する人々に向けて発砲したことで、人権侵害は緊迫の度を増した。

コカに代わり、パイナップル、パッション・フルーツ、ワカバキャベツヤシ(アサイヤシ)という南国の輸出作物を育てる努力もなされたが、ほとんどが悲惨な結果に終わった。何年も代替作物を育てる努力を重ねるうちに、カンペシーノ[訳注:先住民の農民]は、より疑いの目を向けるようになってきた。チャパレ地方の農民、カルロス・ホアンカはこう話す。「専門家は、アルゼンチンの人たちがプランテーン(料理用バナナ)を好きになってくれればすぐにもうかるようになると言っていた。ところが、2年過ぎても我々は飢えたままだ。自分たちで作物を輸出しようともしたが、今ではコミュニティーが払えきれないほどの借金を抱えることになってしまった。どうやって子どもたちを食べさせていったらいいのかも分からない」

ボリビアの豊富な資源の略奪は、1500年代の半ばにスペイン人たちが先住民を強制的に労働させ、植民都市ポトシの周囲にあるセロ・リコ(富の山)として知られる山から銀を採掘したときから始まった。このパターンは今日でも続き、それに対する抵抗は強まっている。

2000年4月、ボリビア第3の都市コチャバンバの市民は、世界銀行が強く後押しした市の水道公社のベクテル社への売却に抗議するデモを行った。この売却によって、平均的な水道料金は2倍〜3倍にもはね上がり、多くの家族が食料雑貨すら買えなくなった。1週間デモが続いた結果、ベクテル社はこの契約から撤退した。4年後、ベクテル社はボリビア政府を相手どり、ボリビアで2,500万ドルの損失を被ったとして法的に訴えを起こした。この件は、世界銀行の非公開の貿易仲裁所で審理が進んでいる。これは、元々の取引に対する世界銀行の熱狂的な推薦が生んだ、明らかな利害の衝突である。

そして2003年10月、ゴンザロ・サンチェス・デ・ロサダ大統領が、ボリビアの天然ガスをチリの港経由でカリフォルニアに輸出することを推し進めた時、ボリビアの抵抗勢力の堪忍袋の緒が切れた。カンペシーノ、貿易の労働組合員、エル・アルトのアルティ・プラノの町のアイマラ族が反乱を起こしたのだ。当初は平和的な抗議活動であったが、サンチェス・デ・ロサダ大統領は軍を動員した。抗議に集まった人々のうち59人(ほとんどが武器を持たない人々)が殺され、何百人もの負傷者が出た。この民衆の怒りの波は、ついに大統領を米国亡命へと追いやった。

後任には、副大統領であったカルロス・メサが就任した。彼が受け継いだのは、物事の決定過程から外されることにうんざりし、一般市民が発言力を持たない資源に依存した経済体制に強く反対する国家であった。そこには、FTAA(米州自由貿易地域)や、アンデス自由貿易協定のような地域協定に反対する既に活発な動きも存在していた。

さらに新大統領は、底をついた財政と圧倒的な米国からの援助(2004年は約1,500万ドル)も引き継ぐことになり、抜け目のない米国の貿易交渉担当者から格好の標的とされた。ボリビア在住の労働・農業・開発問題センターのアナリスト、トム・クルーゼは、自由貿易協定はボリビアやエクアドルが利益を得られるようにと立案されたものではないと主張する。「これが開発のための協定だと考える人々は、全く思い違いをしている。こうした取り決めはすべて、米国企業の欲求を満たすためのものだ」

クルーゼは、アンデス協定は北米自由貿易協定(NAFTA)と同じように、ボリビアの豊かな資源を外国企業が完全に支配できる道を開き、国家の主権を厳しく制限してしまうものだとも指摘している。

こうした見方をするのは、なにもクルーゼだけではない。2002年以降、ボリビアとエクアドル両国の先住民やカンペシーノの同盟は、自分たちの生産物の市場を作り出すためにどのように政府の方針を変えていけばいいのか、ミーティングを開いて話し合っている。ボリビアのヤチャ・カランガス地方の先住民リーダー、グラシエラ・チョッケは次のように説明する。「自由貿易協定を結ぶことになれば、我々はかつての姿に戻ることになるだろう。北米という新たな少数独裁政府のポンゴ(年季奉公人)同然になるのだ。我々が歯が立たないのは分かっている。持っているのは原材料だけで加工する金もない。彼らは既に我々の銀と錫を奪い取ったが、今度はガスを欲しがっている。こんな状況は、地方にとって何のメリットもないことだ。だから我々は自由貿易協定に反対する」

交渉担当者たちは、もしも自由貿易協定に加われば、アンデス農民は米国で大量生産されていない作物を育てることができると提案してきた。しかし、NAFTAがメキシコにもたらした影響を見て、農民も活動家も相当の疑いを抱いている。チョッケは次のように語る。「メキシコ人は、以前から彼ら自身でとうもろこしを栽培していた。ところが今は、米国から言い値でとうもろこしを買わなくてはならない。」つまり心配な点は、食料安全保障[訳注1]がおびやかされるということだ。もしも1つの輸出作物が伝統的な食品作物に取って代わってしまったら、特に毎年種を購入しなければならない遺伝子組み換え作物が導入されてしまったら、ボリビアの食料安全保障はどうなってしまうのだろうか。

ボリビアやエクアドルのような国にとって鍵となる課題は、これらの国々が生き馬の目を抜く世界経済の中で競争していけるのかという点である。批評家たちは、外国資本に門戸を開放するのではなく、まず国の開発政策の強化を最優先すべきだと指摘する。多くのボリビア人やエクアドル人は、自由貿易を望んではおらず、むしろ真の民主的合意から作り出される全く別の方向へ歩もうとしている。


キャスリン・レデブール
ボリビアのコチャバンバにあるアンデス情報ネットワーク(AIN)の理事。エクアドルのサンドラ・エドワーズから調査協力を得た。

(1) ‘Bolivian peasants lynch mayor’, Reed Lindsay, Toronto Star, 26 September 2004.

[訳注1] すべての人々が、十分な量の安全で栄養に富んだ食物を、物理的にかつ経済的にいつでも手に入れ、生き生きと健康的な生活のために必要でかつ好みに合った食事をとれること(国連食糧農業機関)。

 

訳: 松並敦子



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