ブルーウォッシュ
〜人道主義の仮面〜

Bluewash
New Internationalist No.375
Jan/Feb 2005 p26-27


企業が環境主義の仮面「グリーンウオッシュ」を脱ぎ、人道主義の仮面「ブルーウオッシュ」をまとうようになった経緯を、ケニー・ブルーノが探る。


ニューヨークで子ども時代を過ごした私は、ハロウィーンになると小さなオレンジ色の箱を持ち、あちこちでユニセフの募金を集めたものだった。こうして集めた小銭がどのくらい世界中の子どもたちの役に立ったのかは分からないが、それはユニセフを印象付ける見事な方法だった。今でもハロウィーンになると、「ユニセフに募金してくれないといたずらするぞ」という単調なフレーズを思い出す。ちょうど多感な年頃に、私の母はこう言った。あなたは国連の「パートナー」なのよ。

パートナーシップは今日も存在するが、その意味は変化した。現在好まれているパートナーとは、シェルのような巨大石油企業、リオ・ティントのような鉱業の複合企業体、あるいはネスレのようなグローバルな食料企業である。この種のパートナーシップが意味するところは、国連加盟国による拠出金不足は深刻で、国連は自力での問題解決をできずにいるということだ。そのため、資金を提供する力のあるパートナーを求めざるを得なくなっている。そのような金と資本と技術を持つのは、言うまでもなく多国籍企業である。

この考えの欠点は、国連が直面しているいくつもの問題点の原因を作り出している者たちに協力を求めていることだ。つまり、問題を引き起こしてきた技術とシステムを扱う者たちが、問題解決を探る専門家と見なされているのである。

企業とのパートナーシップを進めるプログラムの元祖にあたるのがグローバル・コンパクト(GC)である。コフィー・アナン国連事務総長がGCを初めて提案したのは、地球規模での正義を求める運動がシアトルで突然わき起こる1年前、世界経済フォーラムのダボス会議の場であった。その時ビジネス界から真っ先に手を上げて応じたのが、世界最大の企業ロビー団体、国際商工会議所(ICC)であった。その当時、ICCが真っ先に受け入れたことを疑いの目で見る者はあまりいなかった。

1992年にリオで地球サミットが開催されたが、ICCはすでにその前から強い影響力を行使して国際条約の成立を妨害し、誤った手段や表面的な解決策の実施を助長していた。リオ・サミットの準備が進む1991年、ICCは『From Ideas to Action』(理念から行動へ)と題した本を出版した。その中でICCは、多くの企業がICC が作成した自発的な原則、「持続的発展のための産業界憲章」(ロッテルダム憲章)を支持した喜びを表していた。この本の大半はケーススタディで、それは意図的に選ばれた持続可能なプロジェクトの奇妙な話で占められている。

1999年まで話を進めよう。GCは、9原則[訳注1]をビジネス活動に取り入れ、ケーススタディーを提出することを企業に求めている。つまりGCの基本となる内容は、ICCが加盟企業のために作成したものと同じなのだ。これらの原則は立派に見えるものの強制力はなく、原則が守られているかを監視する体制にもふれられていない。さらに、ケーススタディーは企業行動全体を示すものではなく、良い部分だけを切り取っているにすぎない。

より重要な点は、市場経済が持続可能な開発の鍵であるというICCの哲学に対して異議が唱えられることもなく、それがそのまま国連の哲学に組み込まれてしまったことである。

アムネスティー・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウオッチ、オックスファムなどいくつかの団体は、当初限定的な支持を寄せていた。しかし、その後関係が悪化し、次第にGCから距離を置くようになった。UNのスタッフは、GCを公然と批判する団体に対して、否定的で敵対的、非生産的な団体だと言い放つことが度々あった。

固い結びつき

皮肉なことだが、こうした「否定的」な団体こそが最も頼りになる国連の支援者であるのだ。しかし、2002年になっても、企業に対する国連の方針があまりにお粗末だったため、国連のヨハネスブルグ・サミット(持続可能な開発に関する世界サミット)では、企業の影響力に抗議の矛先の多くが向けられる結果となった。

企業との結びつきが強まった理由は何だったのか? 1980年代後半、環境に対する関心が高まるなか一部の企業は、環境に配慮しているという姿勢を宣伝しはじめた。オゾンホールに関して大きな責任を負うデュポンは、海面に踊り出る鯨を広告に用いた。巨大石油企業シェブロンは、野生生物保護区支援を大々的に宣伝した。渡り鳥、自然の清流、可愛らしい海洋哺乳動物。そんな鮮やかで金のかかった写真が、環境に対する偽りの関心を伝える言葉と共に雑誌を埋め尽くした。こんなキャンペーンを繰り広げたのは、地球を最も汚してきた者たちである。

「グリーン・ウオッシュ」が世界で賛美されその地位を極めたのは、1992年のリオ地球サミットにおいてであった。地球に最も損害を与えている企業が、持続可能な開発の大義にその時賛同を表したのだ。ただし、企業活動に大きな影響を及ぼさない限りという条件付きである。それ以来企業は、代わり映えしないメッセージを何度となく発信している。そのメッセージとは、好きにやらせてもらえる限り環境問題を理解して解決策を提案するというものである。

世界の政府は、企業による自発的な取り組みを支持した。1990年代に米国が国連改革を主張した時、その犠牲になったのが開発途上国向けに企業対策の情報提供や技術支援を行う「国連多国籍企業センター」だった。その後数年間、企業の影響と密接に関連する問題を扱うこの特別な機関は、資金不足に陥った。1990年代の終わりには、やはり資金不足に悩んだ国連開発計画(UNDP)が、国と民間セクターというパートナー間の仲立ちすることが自らの役割だと考え始めるようになった。そして、持続可能な開発委員会は商談の場と化してしまった。

コフィー・アナンと各国連機関のトップが期待していたのは、大企業を取り込むことで国連の財政状況が改善され、より効果的な運営を行うことである。しかし、企業の力が強大で影響力が強い時期にパートナーシップを結んだため、国連があまりメリットを引き出せず、単に国連との結び付きを強調する「ブルーウオッシュ」によって企業イメージを取り繕う結果になってしまった。リオから10年にあたるヨハネスブルグ・サミットでは、でたらめで小つぶのパートナーシップが主だった実績としていくつか大げさに宣伝された。

反発

一方、貿易と投資の分野において、企業は世界貿易機関と自由貿易協定を利用して、極端な自由化を求める大きなキャンペーンを打った。企業は政府を訴える権利を求めたが、人々が企業を訴える権利には抵抗した。結局企業の利権が絡んでいる部分では、自発的な原則では不十分だったのである。そしてとうとう国連は、潜在的な監督機関としての役割が機能しなくなったことを思い知ることとなった。

しかし、ひとつ厄介な問題があった。それは、企業の違法行為に対する一般大衆からの反発である。ここで企業は、引き立て役としての国連の潜在的能力に目をつけた。企業という民間セクターのパートナーは、不調だった初期のUNDPのパートナーシップ・プログラム「地球規模の持続可能な開発機構」(Global Sustainable Development Facility)に注目していたが、特に注目が集まっていた点は、自社の「イメージの転換」を図る可能性についてであった。2000年7月にコフィー・アナンがGCを始めた時、ナイキのフィル・ナイトのような企業のトップたちは、国連旗の前で国連事務総長と握手を交わして写真に納まることができるのか念を押してきた。

GCは、コフィー・アナンの強い個人的な支持を得て実施されてきた。今後事務総長が変わった時、GCが存続するのかどうか、それははっきりとしない。だが、企業とのパートナーシップを推進する傾向が依然として強いことは確かである。その影響は、すべての国連機関と会議に及んでいる。2004年10月13日、副事務総長ルイズ・フレシェットは、企業のトップに対して次のように語った。「みなさんには安心していただきたい。世界をより良い場所にしていくため、企業が自らの役割を果たしているようであれば、国連はビジネスのために、そしてビジネスに対して開かれているのです」

ユニセフに小銭を寄付した私たちのような人間にとって、国連は今でも単なる組織以上のものである。世界中の機関の中で、企業の権利より平和、人権、そして持続可能性を重んじている唯一の機関が国連なのだ。しかし葛藤は続いている。例えば、「国連人権保護促進小委員会」は、企業向けの「人権に関する規範」について協議したが、人権活動関係者の大半がこの規範を支持している一方で、ビジネス界は圧力をかけてきた。さらに企業は、規範を定めることは自発的な協力の妨げになるかもしれないと主張し、GCを盾にとったキャンペーンを繰り広げている。つまりGCは、人権が大きく進展する可能性を拒むための口実として利用されているのである。

国連の当局者は、大企業との関係を避けることは不可能だと述べている。それは正しいだろう。ただはっきりしないのは、なぜパートナーシップを結ぶこと自体が目的になってしまうのかということだ。企業は、人々の生活に有益な役割を果たすこともあるが、悪影響を及ぼすこともある。誰の目から見ても明らかなのは、ほとんどの民衆運動と比べれば、企業、とりわけ巨大多国籍企業が今日持っている力はあまりにも巨大であるということだ。民衆運動は、企業を監視し、企業の責任を明白にできる機関の登場を待ち望んでいる。将来そうした役割を担える機関は国連だけだろう。そうなるためには、現在のようなパートナーシップは断ち切らなければならない。


Kenny Bruno
Alliance for a Corporate-Free UNの事務局団体となっているEarthRights Internationalのキャンペーンコーディネーター。著書に、ジェド・グリアーとの共著で『Greenwash: The Reality Behind Corporate Environmentalism』、earthsummit..bizのジョシュ・カリナーとの共著で『The Corporate Takeover of Sustainable Developmennt』がある。

www.earthrights.org

 

[訳注1] 2004年6月に原則10が追加され、現在は以下の10原則となっている。
・人権
原則1.企業はその影響の及ぶ範囲内で国際的に宣言されている人権の擁護を支持し、尊重する。
原則2.人権侵害に加担しない。
・労働
原則3.組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする。
原則4.あらゆる形態の強制労働を排除する。
原則5.児童労働を実効的に廃止する。
原則6.雇用と職業に関する差別を撤廃する。
・環境
原則7.環境問題の予防的なアプローチを支持する。
原則8.環境に関して一層の責任を担うためのイニシアチブをとる。
原則9.環境にやさしい技術の開発と普及を促進する。
・腐敗防止
原則10.強要と賄賂を含むあらゆる形態の腐敗を防止するために取り組む。

www.unic.or.jp/globalcomp/index.htm

 

訳:松並敦子

 


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